近未来小説だが、とてもそうとは思えない。現実があまりにも相似形なところがあるからだ。
私利私欲の破廉恥な振る舞いをしようが、数の力で横暴の限りを尽くそうが、人々の怒りは一時的には高まりこそすれ、いつのまにやら元の木阿弥状態。そして、気が付けば、引き返すことができないところに・・・。まさしく戦争体制前夜と言ってもいいくらいの現実がある。総選挙の結果を受け、国会での質問時間を議席数を基準に割り振るという。翼賛国会の出現だが、メディアの批判はぬるく、世論も興らない。じわじわと、確実に「近未来」に至っている。
監視と統制の中で「自由に」生きる人々、一握りの権力者たちは事実を思いのままに書き換え、既成化していく。携帯電話は、人工知能を持ったHP(ヒューマンフォン)に進化し、必須アイテムとなっている。それは、操り操られる世界でもある。辞書からは「抵抗」ということばが消え、人々の価値観や思考は、「自由」の名における「不自由」が支配するものとなる。そして、戦争が起きる・・・。