第26回三者協議は、12月21日16時から行われ、11人の弁護団が参加した。その内容は既報の通りで、支援者を含む多くの人が知っているはずだ。だから、それぞれに受け止め、それぞれに2016年の取り組みへと向かえばいい。と、思うのだが、とても落ち着いて来年のことなど考える気になれない。
なぜか?「報告」に対するコメント・意見・批判・感想が、ほとんど出ていないからだ。もちろん、ほとんどの人が検察の態度や裁判所の姿勢に怒りを煮えたぎらせていることは想像に難くない。であるならば、まずはその気持ち・思いを明らかにすることが必要だろう。胸に収めておいては、誰にも・何も伝わらない。怒ってるぞ!ということを内外にアピールすることが大事だ。
もう一つは、2016年の狭山の行方を占うことにもなる第26回協議が、「報告」と題したペーパーのみで終わっていることに納得がいかないからだ。「報告」は協議の事実経過が淡々と書き連ねられているだけで、攻防の生々しさは皆無だ。もちろん、弁護団は、検察や裁判所の言い分を「ごもっとも」などと首肯するはずはない。ある場面では、厳しく迫ったことは間違いない。しかし、「報告」には肝心なことが全部そぎ落とされている。だから、これを読んでも、「で、一体何が協議されたん?」となるしかない。
それでもって、「53年に向けて世論を大きくしていこう!」と言われても、イマイチ力が入らないのは道理というものではなかろうか?
なぜ、きちんと情報開示(公開)をし、事態の共有化を図り、当面の獲得目標を具体的に設定し、そこに向けて力を合わせる、という基本的な手順をとらないのか?そんなことは必要ないというのであればそれでいいが、闇雲にぶつかっていってもどうなるというものではないのだから、それなりの準備をしてかかかるのは当たり前のことだ。
と、ここまで書いてきて思い出した。似たようなことをもう幾度も書いてきたし、直接言ってもきたなあと。しかし、暖簾に腕押しで、何一つ変わっていない。今回もまた同じことが繰り返されている。
部落解放同盟中央本部のHPにはこうある。
2013年3月、狭山事件の再審請求を審理する東京高裁第4刑事部の裁判長が植村稔(ウエムラミノル)裁判長に交代しました。署名用紙の宛名を変更しました。
訂正を申し入れたが、今もそのままだ。HPを開くたびに恥ずかしい思いがする。
早智子さんのHPには、一雄さんの「新年メッセージ」があるが、アップされたのは12月22日18時前だ。いつもどうかは覚えていないが、とても早いなあという気がした。深読みかもしれないが、のしかかる試練に耐えるために、そうしたように思う。行間には、きっと怒り、悔しさ、失望、落胆、哀しみ・・・があふれているはずだ。
これが、2015年末を控えた狭山第3次再審の紛れもない厳しい現実であることをしかと刻み、2016年のリベンジにつなげたいと思う。
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