8月2日、天満橋の「エル・おおさか」で行われた大阪府との基本交渉に参加しました。昨年12月に施行された「部落差別の解消の推進に関する法律」をうけて、具体的なとりくみをどうしていくかということを中心に2時間やりとりがされました。
冒頭、府連の赤井委員長から次の4点の問題提起がありました。①部落差別や部落出身者の定義について、府が先進的役割を果たすべき、②政府は「実態調査」についてネット上の問題を中心に考えているようだが、生活や差別意識・事件を入れるべきで、府として強い意思で国へ申し入れてほしい、③府の同和問題解決推進審議会への諮問のテーマについては、部落問題解決に向けた21世紀の負の使命は何かという観点を踏まえるべき、④知事は「実態的根拠があれば検討すべき」と言っていたが、実態はあるので「ヘイトスピーチ条例」を検討してほしい。
ついで、府側から新井副知事を先頭に要求項目に対する回答があり、それをうけてやりとりがありました。要求項目は、「部落差別解消推進法」「人権・文化」「まちづくり」「生活福祉」「教育・青少年」「保育」「就労支援・労働対策」「行政の福祉化」の8項目ありましたが、「部落差別解消推進法」をめぐる問題に終始しました。
法律が施行されて8カ月近くになりますが、回答は、国から自治体に対して説明や指示等は一切なく、府としても困っている。府としての見解や対応を求められても、法律の主体は国なので、この段階で踏み込んだことは言えない、といった国待ちの消極的な姿勢を繰り返しました。
大阪府の言うことにも理はありますから、そこをいくら攻めてもどうにもならないことは見て取れましたから、そこにこだわり続けてやりとりを繰り返したのはどうかなと思いました。部落差別が存在し、解決の責務は国と自治体にあると法律には書いてありますが、もちろん、それは自動的になされるわけではありません。当事者である私たちの側からの働きかけが必要であり、不可欠だと思います。
だから、新しい法律の施行をふまえた府の対応を求めるというのはスジ論で、それはそれで大事なことですが、それだけでいいのかということもあります。私の問題意識で言えば、今日の部落差別をどうとらえるのか、解決にむけてどんな取り組みが必要か、といったことについて共通認識・理解をすることが大事だということになります。
例えば、若い世代で部落問題学習の経験のない比率が増えていること、結婚に見られるように忌避意識が依然として根強いこと、といった指摘もやりとりの中でありましたが、こういった実態について分析し、課題を明らかにし、対応策を練ることを重視してもいいと思います。
もう一つは、法律ができたことによって、法律優先・重視に傾きがちにならないかという心配です。法律があろうがなかろうが、部落差別が存在する限り、その解決のための責任は行政にもあります。法律はその責任を果たすための手っ取り早い手段ではありますが、手段に過ぎません。大切なことは、部落差別が存在すること、それは他人事ではなく一人ひとりの問題だという認識・理解を多くの人たちと共有することだと思います。そして、部落差別という社会悪・不正義を告発する私たち(解放同盟)の取り組みについての共感を勝ち取っていくことです。
「ヘイトスピーチ規制法」も十分な法律とは言えませんが、それが一定の抑止力となっているのは、当事者とヘイトスピーチを許さない「カウンター」と言われる人たちとが、身体をはって行動している現実が共感の世論を興しているからだと思います。
具体的な差別の現実に向き合い、これを糺す取り組みがあってこそ法律は生きたものになり、現実を変える力になるのだと思います。「部落差別は許さない!」というメッセージを発すること、当たり前のことですが、これが問われているんだと改めて思いました。