●解説
「蟹工船」で知られるプロレタリア文学作家、小林多喜二の母・セキの半生を描いた三浦綾子による小説「母」を、山田火砂子監督のメガホンにより映画化。貧しい家の娘に生まれたセキは、15歳で小林家に嫁ぎ、三男三女を生み育てた。銀行に就職し、その軸足を労働運動と執筆活動へと移していった多喜二の書いた小説は危険思想とみなされ、治安維持法下で特高警察の拷問により29歳の若さで亡くなってしまう。そんな多喜二とイエス・キリストの死を重ね合わせ、先立ってしまった息子を信じ続ける母親の姿が描かれる。セキ役を寺島しのぶ、多喜二役を塩谷瞬が演じるほか、渡辺いっけい、佐野史郎らが脇を固める
。
主人公は多喜二の母・セキだが、やはり多喜二が登場する映画だと思えば、それなりの思い入れをもってしまう。そうした偏った視点からすると、やはり「物足りなさ」が残った。多喜二のすることに全幅の信頼を置き、多喜二の進みたい道を後押しすらするセキ。結果、息子は殺されるが、悲嘆や怒りは殺した者に向かわず、宗教的に回収されていく。
「冬の時代」を疾駆し、散った多喜二の生きざまと、その母・セキのそれとを重ねて見ようとするところに無理があるのだが、画面からは何かしら緊迫したものがあまり伝わってこなかった。寺島しのぶがいつまでも「若い」のもとても気になったことの一つだ。
そして今、「共謀罪」法案が審議中だ。まさしく歴史は繰り返されようとしているわけだが、多喜二の死は過去のこととして忘れ去るべきではないだろう。